「男たちの旅路 車輪の一歩」上映会開催


 総会後に第2部として「男たちの旅路 車輪の一歩」の上映会を開催しました。
山田太一さんが車いすの当事者に3年寄り添って作った名作ドラマです。 
今年度から合理的配慮が民間事業者にも義務化されますが、まだまだその意識は高まっていません。ドラマが放映された1979年当時はドラマで描く以上に障害者に厳しい状況だったはずです。
鑑賞された皆さんがそれぞれ何かを感じたことを下記のコメント欄を通して共有出来たら幸いです。

「「男たちの旅路 車輪の一歩」上映会開催」への2件のフィードバック

  1. 車輪の一歩、時間を忘れて見入っておりました。多くの先人、当事者の皆さんの努力により、当時と今とでハード面は確実に改善したと思いますが、ソフト面(一人ひとりの心)は大差ない面もあるのかと感じました。「知らない」「関心がない」ことの怖さを思いました。このようなドラマは機会を得ないとなかなか観る機会がありませんので、とても貴重な時間でした。ありがとうございました!
    昭和のドラマは濃い⁉ので未だに余韻が強く残っております。

  2. 「車輪の一歩」1979年に放送されたのですね。懐かしくて感無量です。
    全国青い芝の会の本間康二さんが山田太一さんにインタビューしたのがきっかけと聞いて納得しました。あのドラマの中のエピソードは、青い芝の会の活動とだぶります。
    1970年代と言えば障害者運動が活発になりつつあった時期、当初1960年代は会員相互の親睦や勉強会などの活動をしていた「青い芝の会」、踏まれても踏まれても明るく力強く青い芝のように生きよう!家の中でひっそり暮らしていた仲間を「外に出よう!」と行動した脳性麻痺の当事者団体。でも外に出ると、バスに乗ろうと待っていても乗車拒否にあったり電車に乗れなかったり、集まっていると邪魔にされたり、運動することはわがままと言われたり。
    「青い芝の会」というとあの過激なグループ⁈とのイメージがあるかもしれません。重度の脳性麻痺者の中には運動障害があるので、筋肉のこわばりがあったり、その為発語が難しく聞き取りにくいので誤解されたり。1974年公開の「さようならCP」は衝撃的でした。車いすから降りて路上で、服を脱いだ姿で訴えたドキュメンタリー映画です。
    山田監督が車いす生活者に寄り添った3年間、1970年代は激しい差別告発運動が行われていた時代。「重症児殺し告発運動」「優生保護法改定反対運動」「川崎駅前バス占拠闘争」、そして「昭和55年養護学校義務化反対運動」なども懐かしい。
    ドラマの中で、駅前の階段を前に人サーフィンをしていましたね。今は亡き海老原さんを思い出します。20数年前、東大和市で一人暮らしを始めようとしたとき、市役所に行っても子供扱いされてまともに話を聞いてもらえない時期があったとの事、いろいろ思い出しました。

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